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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)648号 判決 1999年8月26日

控訴人

岡本こと嚴善

被控訴人(原告・反訴被告)

亀田泰次

主文

一  本訴について

原判決主文一項、三項、五項を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金二九一万六〇六二円及びこれに対する平成九年八月三一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の本訴請求を棄却する。

3  この判決は、一項1に限り仮に執行することができる。

二  反訴について

原判決主文二項に対する本件控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴、反訴、第一、第二審を通じてこれを六分して、その五を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  本訴について

(一) 原判決主文一項を取り消す。

(二) 被控訴人の請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  反訴について

(一) 原判決主文二、三項を次のとおり変更する。

(二) 被控訴人は控訴人に対し、金一二万七六七八円及びこれに対する平成九年八月三一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  原判決の引用

1  当事者双方の主張は、次の二、三のとおり附加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」欄(二枚目裏六行目から五枚目裏二行目まで)、並びに同一四頁一行目から三行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

2  ただし、原判決三枚目裏五行目の「原告車両の前面右部」を「被控訴人車両の前面」と改める。

二  控訴人の当審補充主張

1  本件事故の態様、過失割合等(争点1)

(一) 控訴人は、黄信号で本件交差点に進入したが、同信号が表示された時点で停止位置に近接していたため、安全に停止することができなかった。他方、被控訴人は、西行信号が黄に変わったため、右折した先行車両に続いて急いで右折を開始したため、直進してきた控訴人車に気付かず、本件事故が発生した。

(二) 以上の本件事故態様に照らすと、本件事故の過失割合を控訴人九割、被控訴人一割と判示した原判決は、明らかに判断を誤っている。被控訴人には、本件事故の発生につき、少なくとも四割の過失がある。

2  本件事故による損害額(争点2)

(一) 被控訴人車損傷による損害

被控訴人は、被控訴人車損傷による修理費の損害として、三八四万二八六三円を主張する。しかし、被控訴人車は、一九八〇年に製造された並行輸入車のフェラーリであり、本件事故時までに一七年経過している。被控訴人主張の修理費は、被控訴人車の時価額をかなり上回るものと推認され、経済的全損に該当し、被控訴人車損傷による損害は同車の時価額と認定すべきである。

(二) 被控訴人の人的損害

被控訴人には、本件事故による人的損害は発生していない。その理由は、以下のとおりである。

(1) 本件事故は、控訴人運転の原動機付自転車と被控訴人運転の普通乗用自動車の衝突事故であり、被控訴人が受傷することなど考えられない。現に、被控訴人車に同乗していた女性の人的損害の請求はない。

(2) 接骨院の診断書(甲五、六)では、施術延日数は一〇一日間であるが、施術実日数はわずか一〇日である。それ故、本件事故との因果関係は認められない。休業損害証明書(甲七)についても、被控訴人の父親の証明であるうえ、源泉徴収票の添付もなく、措信できない。

(3) 被控訴人は、本件事故について、控訴人車の自賠責保険に被害者請求もしていない。

三  被控訴人の反論(争点2)

1  被控訴人車損傷による損害

(一) 控訴人車が被控訴人車のフロントバンパーに衝突し、被控訴人車のラジエータープロペラに損傷を与えた。そのため、プロペラが回転せず、エンジンがオーバーヒートした。被控訴人車修理の見積書(甲二)が、フロントバンパー及びフロントフェンダー関係が中心となっているのは、そのためである。

(二) 右見積書(甲二)を作成した自動車修理業者は、控訴人が指定し依頼した業者である。控訴人自身、右見積書の内容について同意し、異議を留めていなかったものである。

(三) 被控訴人車は、イタリアの並行輸入車のフェラーリである。被控訴人は、本件事故の一週間程前である平成七年八月二二日に、被控訴人車を六八〇万円で購入した。被控訴人車の時価よりも修理費が高いということはない。

2  被控訴人の人的損害

(一) 被控訴人は、本件事故発生の直前、急制動の措置を講じたところ、頸部捻挫及び右手関節捻挫の傷害を被ったものである。右手首は、衝突の際、ギアーレバーを握っていたので、捻挫したのである。

(二) そのため、被控訴人は、本件事故当日から家で安静にしていたが、我慢できず、平成九年九月三日、村中クリニックで診断を受けた。同クリニックで一週間の安静加療ということで、リハビリのため柔道整腹師の治療を受けることとした。しかし、なかなか快方に向かわず、同年九月一四日までの欠勤を余儀なくされた。

理由

第一本件事故の発生、控訴人の責任原因

前示引用の原判決中、「第二の二 争いのない事実」欄(三枚目表二行目から四枚目表三行目まで、ただし前示補正後のもの)記載のとおりである。

第二本件事故の態様、過失割合等(争点1)の検討

一  判断の大要

当裁判所も、原判決と同様、大要次のとおり判断する。

1  被控訴人は、被控訴人車(普通乗用自動車)を運転し、進行方向が青信号であることを確認して、時速約一五キロメートルの速度で西方向から本件交差点に進入し、右折しようとした。すなわち、別紙見取図(以下、見取図という)<1>'から<1>へと本件交差点に右折進入した。

2  他方、控訴人は、控訴人車(原動機付自転車)を運転し、見取図<ア>'で西行車両用の信号が黄を示していたのを見ながら、本件交差点をそのまま渡りきってしまおうと考えた。そこで、控訴人は、控訴人車に加速の措置を講じ、見取図<イ>'で信号が黄から赤に変わったのを見ながら、時速約四〇キロメートルの速度で本件交差点に進入し、直進しようとした。

3  そのため、本件交差点内の見取図<×>点で、被控訴人車(見取図<2>)の前面と控訴人車(見取図<イ>)の前部とが衝突した。

4  本件事故は、当事者双方の過失によるものである。しかし、信号の表示に従わなかった控訴人の過失の方がはるかに大きく、その過失割合は、控訴人が九割で被控訴人は一割である。

二  原判決の引用、補正

右判断の理由は、原判決「第三の一 争点1(本件事故の態様等)」欄(五枚目裏六行目から一三枚目裏末行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。

1  原判決七枚目裏一行目の「右折進行した」を「時速約一五キロメートルで右折進行した」と改める。

2  同裏七、八行目、同八枚目表七、八行目の各「原告車両の前面右部」を、いずれも「被控訴人車の前面」と改める。

3  同八枚目表四行目の「被告車両に加速の措置を講じたが」を、「控訴人車を加速し、時速約四〇キロメートルで進行したが」と改める。

4  同一三枚目表二行目の「西行き車両用」の前に「交差点手前で」を加える。

三  控訴人主張の検討

控訴人は、黄信号で本件交差点に進入したことを前提に、本件事故の発生には、被控訴人にも四割の過失があったと主張する。

しかし、控訴人は、平成九年九月一日(本件事故の翌日)に実施された実況見分に際しては、赤信号で本件交差点に進入したことを認めていた(乙四)。ところが、控訴人は、平成九年九月二日と三日の両日にわたり、被控訴人の父親から、被控訴人車の修理に高額の費用を要することを告げられた(乙八)。そのため、控訴人は、警察に再度の実況見分を求め、平成九年九月四日の実況見分では、黄信号で本件交差点に進入したなどと(乙五)、先の説明内容を覆すに至った。

右説明内容の変遷の経緯に、前示二で原判決を補正のうえ引用した認定、判断を併せ考えると、控訴人が赤信号で本件交差点に進入したことが明らかである。控訴人の前示主張は採用できない。

第三本件事故による被控訴人の損害額(争点2―その(一))の検討

一  被控訴人車の損傷による損害

1  事実の認定

証拠(甲二ないし四、甲八、甲一ニないし一七、控訴人本人、被控訴人本人)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(一) 本件事故の態様等

(1) 被控訴人車(普通乗用自動車フェラーリ)は、時速約一五キロメートルで本件交差点に進入して、右折しようとし、控訴人車(原動機付自転車)は、時速約四〇キロメートルで本件交差点に進入して、直進しようとして、見取図<×>点で衝突した。衝突当時、被控訴人車が見取図<2>、控訴人車が見取図<イ>であった。

(2) 被控訴人車前面のバンパーが控訴人車の前部に衝突した。その後、被控訴人車が控訴人車を横倒しにして、右バンパーで控訴人車の右側面を押していった。被控訴人車は、見取図<2>から<3>まで三・一メートル進行して停止し、控訴人車は、見取図<イ>から<ウ>まで三・六メートル押し戻されて停止した。控訴人は、控訴人車から投げ出され、約四・九メートル南の路上(見取図<エ>)に転倒した。

(3) 本件交差点の路面には、控訴人車による長さ一・七メートルの擦過痕が残された。控訴人車の前輪が被控訴人車のフロントバンパーカバーの下にめり込んだので(甲一七参照)、被控訴人車をバックさせて、控訴人車を出した。

(二) 被控訴人車の時価、その損傷状況

(1) 被控訴人車は、一九八〇年製のイタリアの並行輸入車フェラーリであり、本件事故当時、製造されて一七年も経過していた。しかし、イタリア製のフェラーリは、製造後長期間経過したものであっても、カーマニアの間では、高級スポーツカーとしてそれなりに人気があり、憧れの車となっている。

(2) 被控訴人は、本件事故後、被控訴人車を生田警察署まで運転していった。その途中、被控訴人車のエンジンがオーバーヒートして煙が出たが、被控訴人はそのまま同車を生田警察署まで運転していった。

(3) 被控訴人車のエンジンがオーバーヒートしたが、その理由は次のとおり必ずしも明白でない。

イ 控訴人車が被控訴人車のフロントバンパーに衝突し、ラジエーターのプロペラに損傷を与えた(甲一四)。

ロ そのため、右プロペラが回転せず、エンジンを冷却する機能が低下又は停止して、被控訴人車のエンジンがオーバーヒートした。一応このようにも考えられる。

ハ もっとも、これには次の疑問もある。まず、フロントグリルには損傷がない。プロペラはグリルよりかなり奥にある。しかも、プロペラは修理部品として記載されていない(甲二)。とすると、プロペラの損傷により右エンジンのオーバーヒートが生じたとするには疑問が生じる。

ニ しかし、被控訴人車は、元来が調子をはずし易い繊細な高級スポーツカーのフェラーリである。しかも、製造後一七年も経過しているから、本件フロントバンパーへの衝突事故による衝撃により、エンジンの冷却装置などに何らかの障害が起き、オーバーヒートが生じたと推認でき、他にこれを覆すに足りる証拠がない。

(4) 被控訴人車は、本件事故により、フロントバンパーに数箇所の擦過痕ができ、フォグライトが左右ともフロントバンパーからはずれて、宙づりの状態となった(甲一二ないし一五、甲一七)。

(三) 外装修理費

(1) 被控訴人車は、本件事故により、フロントバンパーが数箇所破損し、ラジエーターのプロペラが損傷し、フォグライトがフロントバンパーからはずれて、宙づりの状態となった。

(2) そのため、被控訴人は、本件事故直後に、竹中モータースに依頼して、前示フロントバンパー等の修理費(外装修理費)の見積をしてもらった。控訴人は、被控訴人の求めにより、竹中モータースへ行ったところ、同モータースから外装修理費の見積書を見せられ、最低でも二二〇万円位はかかるといわれた(控訴人本人調書四四項)。

(3) 控訴人は、外装修理費があまりにも高額であることを疑問に思い、自分の知り合いの自動車修理業者である株式会社オートビジネス・テクノプロに依頼して、外装修理費を見積もってもらうことにした。テクノプロの工場長(鴻谷徹)は、被控訴人宅にまで行き、車庫に保管されていた被控訴人車を実地に検分した上で、平成九年九月一二日、外装修理費を二八四万九七九四円と見積もった(甲二、被控訴人本人調書一四項)。

(4) しかし、被控訴人は、本件事故後現在まで、被控訴人車を自宅の車庫に放置しており、前示フロントバンパー等の外装を補修していない。

(四) エンジン修理費

(1) 被控訴人車は、本件事故後、事故現場から生田警察署に移動する途中で、エンジンが焼けて煙が出、同警察署に着いた後動かなくなってしまった。そのため、エンジンを被控訴人車から脱着し、オーバーホールしてみる必要がある。

(2) そこで、被控訴人は、平成九年九月、株式会社フォルムに頼んで、まず手始めに、被控訴人車からエンジンを脱着して、オーバーホールするのに要する費用を見積もってもらった。フォルムは、同月一二日、右費用を八四万六〇六九円と見積った(甲四)。被控訴人は、右見積費用として、見積のための輸送代も含めて、フォルムに一四万七〇〇〇円を支払った(甲三)。

(3) なお、被控訴人車からエンジンを脱着し、オーバーホールした結果、エンジンが使用不能であれば、エンジンを取り替える必要がある。エンジンを取り替えなければならないとなると、更に高額の修理費を要することになる。

(4) しかし、被控訴人は、現在までに、前示エンジンの脱着もしておらず、平成一〇年一月頃、前示見積費用一四万七〇〇〇円を支払ったのみである。

2  検討

(一) 被控訴人車の修理費用

被控訴人車の修理費用として、最低でも、竹中モータースが見積もった外装修理費二二〇万円、エンジンを車から脱着してオーバーホールするのに要する費用八四万六〇六九円、以上合計三〇四万六〇六九円を要する。更に、被控訴人車からエンジンを脱着し、オーバーホールした結果、エンジンが使用不能であれば、エンジンを取り替える費用が必要となる(前示1(三)(四))。

(二) 被控訴人車の時価

(1) 被控訴人は、本件事故の一週間程前である平成九年八月二二日、被控訴人車を六八〇万円で購入したと主張する。そこで、当裁判所(受命裁判官による)は、当審の第一回弁論準備手続期日において、被控訴人に対し次のイの釈明を命じ、当事者双方に対し次のロの釈明を命じた。

イ 被控訴人は、平成九年八月二二日、被控訴人車を六八〇万円で購入した事実を、購入時の売買契約書等で立証すること。

ロ 当事者双方は、被控訴人車(一九八〇年製のイタリアからの並行輸入車フェラーリ)の本件事故(平成九年八月)当時の時価を立証すること。

(2) ところが、被控訴人は右(1)イの釈明事項について立証しなかつたし、当事者双方とも右(1)ロの釈明事項を立証しなかった。したがって、被控訴人は、平成九年八月二二日、被控訴人車を六八〇万円で購入したと主張するが、これを認めるに足る的確な証拠がない。また、被控訴人車の本件事故当時の時価を認めるに足る的確な証拠もない。

(3) ところで、被控訴人は、本件事故(平成九年八月三一日)から現在まで二年弱の間、被控訴人車の外装やエンジンの修理もせずに、被控訴人車を自宅の車庫に放置している。その理由は、以下のとおりであると推認できる。

イ 被控訴人にとって、被控訴人車は、直ちに前示最低三〇四万六〇六九円)の修理費(外装修理費二二〇万円、エンジン脱着オーバーホール費八四万六〇六九円の合計)、さらに、最悪の場合は、エンジン交換費用を支出して修理するほどの必要を感じていない。

ロ フロントバンパーやエンジンが損傷している被控訴人車を、相当な価額で買い受ける者が出てこない。

ハ しかし、フェラーリは、製造後長期間経過したものであっても、カーマニアの間では高級車として人気がある。そのため、被控訴人は、今直ちに被控訴人車を廃棄してしまうのは惜しい。

(4) 被控訴人車は、一九八〇年製のイタリアの並行輸入車フェラーリであり、本件事故当時、製造されて一七年も経過していた。しかし、フェラーリは、製造後長期間使用されたものであっても、カーマニアの間では、憧れの高級スポーツカーとして相当な価値を有している(前示1(二))。

(5) 以上の事実を総合しても、被控訴人車の本件事故前、後における価格を認定することができず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

(三) 被控訴人車の損傷による損害

(1) 以上によると、被控訴人車が、控訴人主張のように本件事故によりその時価額相当額を上回る修理費を必要とし、経済的に修理不能であるとは認められず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない。

そうすると、被控訴人車の本件事故による損傷により、前認定1(三)(四)の修理費三一九万三〇六九円(二二〇万円、八四万六〇六九円、一四万七〇〇〇円の合計)相当の損害が発生したというべきである。

(2) なお、被控訴人は、エンジン修理費の項目中に、エンジン脱着、オーバーホール費用の見積費用一四万七〇〇〇円(甲五)を請求している。

これについては、被控訴人が直ちに被控訴人車からエンジンを脱着し、オーバーホールすれば、そのような見積費用は必要でなかったと一応いえそうである。

しかし、不法行為の物損の被害者は、特段の事情がない限り、みずからの費用で直ちにこれを修繕しなければならない義務があるとはいえない。被害者は、加害者から損害賠償金の支払を受けて、これを補修修理することも許されてよいのである。そして、被害者が加害者に対し損害賠償を求めるには、その補修費の見積が必要となる。その見積費用はいわゆる損害賠償請求をするための費用に当たり、間接費用であるといえる。

このような間接費用といえるものでも、これが損害保険の賠償の対象とする保険契約上の合意ないし意思があると解されるか否かは格別として(最判昭和三九・一〇・一五民集一八巻八号一六七一頁参照)、加害者と被害者間においては、相当因果関係がある限り賠償すべき損害に当たると考える。

そして、右見積費用は本件事故がなければ生じなかったものであり、特に本件においてこの賠償を相当でないとすべき事情がない。したがって、控訴人は、エンジン脱着、オーバーホール費用八四万六〇六九円に加えて、その見積費用一四万七〇〇〇円を賠償すべき義務がある。

結局、被控訴人が本訴で請求している右見積費用についても、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

二  レッカー代金

1  証拠(甲九の1、2、被控訴人本人)によると、次の事実が認められる。

(一) 被控訴人は、本件事故後、被控訴人車を運転して事故現場から生田警察署に向かう途中に、エンジンがオーバーヒートして煙が出た。しかし、そのまま被控訴人車を生田警察署まで運転して行った。そのため、被控訴人車は生田警察署に到着した後、自走することができなくなってしまった。

(二) そこで、被控訴人は、レッカー車を手配し、レッカー車で被控訴人車を自宅の車庫まで搬送してもらった。被控訴人は、その費用として四万七〇〇〇円を要した。

2  右認定によると、右レッカー代四万七〇〇〇円は、本件事故と相当因果関係のある被控訴人の損害であることが認められる。

三  人身損害

1  事実の認定

証拠(甲五、甲六、甲一〇の1、2、甲一一、被控訴人本人)によると、次の事実が認められる。

(一) 被控訴人は、本件事故から三日経過した平成九年九月三日、村中クリニックを受診し、同医師から頸部捻挫、左手関節捻挫で、向こう約一週間の安静加療を要すると診断された(甲一一)。

(二) さらに、被控訴人は、平成九年九月三日、九日、二四日、同年一〇月七日、一五日、二八日、同年一一月四日、一四日、二五日、同年一二月一二日、柔道整腹師である米田伸一の施術を受けている。

2  検討

(一) 被控訴人のみが負傷

本件事故当時、控訴人車(原付)に乗車していた控訴人は、衝突地点から路上に四・九メートルも投げ出されたのに(前示一1(一))、本件事故により負傷した事実はない。本件事故当時、被控訴人車(普通乗用自動車)の助手席に同乗していた女性も、控訴人に対し人身損害の請求をしていない(乙八)。

ところが、被控訴人車を運転していた被控訴人のみが、本件事故による負傷を訴え、本訴でその人身損害の請求をしている。このように、本件事故により、被控訴人のみが負傷を訴えているのは不可解である。

(二) 診断、施術の経過

被控訴人が、本件事故から三日経過して初めて医師の診断を求めていること、医師の診断はその一日だけであること、柔道整腹師の施術は一か月に三回とまばらである上、本件事故から三か月弱もの長期間にわたっていること(前示1(一)(二))なども不可解である。

(三) 右手又は左手の関節捻挫の傷害

(1) それに、もっとも不可解なのは、右手又は左手の関節捻挫の傷害である。村中クリニックの診断書では、左手関節捻挫となっているのに(甲一一)、米田柔道整腹師作成の施術証明書(甲六)には、右手関節捻挫となっていて、全く矛盾している。この点についての合理的説明は、本件全証拠によってもなされていない。

(2) なお、前示診断書が当審で証拠として提出された経過も、以下のとおり不可解である。

イ 被控訴人は、原審では、人身損害を請求しておきながら、村中クリニックの診断書を提出せず、同クリニックの診断書代と治療費の領収証のみを証拠として提出していた(甲一〇の1、2)。このような立証方法は極めて異例である。

ロ そこで、当裁判所(受命裁判官による)は、第一回弁論準備手続期日において、被控訴人に対し、村中クリニックの診断書を書証として提出するように釈明した(同期日調書五項参照)。その結果、第二回口頭弁論期日に、前示診断書が提出された。

(3) 被控訴人車を運転していた被控訴人が、控訴人車と衝突して、右手又は左手の関節捻挫の傷害を受けたというのも不可解である。この点について、被控訴人は、衝突の際、ギアレバーを握っていたので、衝突時に捻挫したという(被控訴人の平成一一年六月一三日付準備書面第二の一)。

しかし、被控訴人車(普通乗用自動車)が控訴人車(原動機付自転車)と正面衝突したという本件事故の態様に照らし、被控訴人が本件事故当時ギアレバーを握っていたということだけで、被控訴人のみが医師の診断を受け、そのあと三か月間も柔道整腹師の施術を受けなければならないほどの、手の関節捻挫の傷害を受けるであろうか(柔道整腹師の施術証明書〔甲六〕には、右手関節捻挫の負傷名で、平成九年九月三日から同年一二月一二日まで施術したと記載されている)。

疑問点はさらに深まる。

(四) 休業損害証明書

(1) 被控訴人は、親輪工業の代表者の亀田支征作成の休業損害証明書(甲七)を、証拠として提出している。そこには、親輪工業の従業員である被控訴人が、本件事故により、平成九年九月一日から一四日まで一四日間欠勤した旨が記載されている。

(2) しかし、親輪工業は、被控訴人の父が経営する個人企業である。被控訴人の父亀田支征は、平成九年九月二日と三日の両日にわたり、控訴人に対し、被控訴人車の修理に高額の費用を要することを告げ、その支払を求めている(乙八)。

(3) 被控訴人の雇い主に当たる父親が、被控訴人の休業損害証明書を作成しているからといって、本件事故の態様、程度など、前示事情の下では、被控訴人が、本件事故により、一四日間も欠勤しなければならない負傷をしたものとは認められない。

(4) ところで、右休業損害証明書(甲七)には、親輪工業が、本件事故前、被控訴人に対し、月額四三万円もの給与を支給していた旨が記載されている。

しかし、被控訴人は、本件事故当時弱冠二三歳であり、学歴は高卒である。親輪工業が、このような経験不足の被控訴人に対し、同人の労働の対価として、月額四三万円(年額五一六万円)もの給与を支給していたとは、にわかに措信し難い。

右休業損害証明書の記載内容は信用できない。

(五) 自賠責保険の被害者請求

被控訴人は、本訴では、本件事故により負傷したと主張して、治療費、休業損害、慰藉料を請求しているが、控訴人車の自賠責保険に被害者請求もしていない。

被控訴人が、真実、本件事故により負傷したのであれば、特段の事情のない限り、簡易な手続で確実に損害賠償金を受領できる自賠責保険の被害者請求をする筈である。ところが、本件では、右特段の事情を認めるに足る的確な証拠もない。

(六) 釈明命令に対する被控訴人の対応

当裁判所(受命裁判官による)は、第一回弁論準備手続期日において、被控訴人に対し、「被控訴人の本件事故による傷害の程度、症状、治療状況を明らかにし、本件事故のため平成九年九月一日から一四日まで全く働けなかったことを説明すること。」の釈明を命じた。

ところが、被控訴人は、平成一一年六月一三日付準備書面の第二において、右釈明命令に対し、最低限の釈明をしているに過ぎない。このような中味の乏しいありきたりの釈明内容では、被控訴人が、本件事故により受けた傷害により、一四日間も働くことができないので欠勤し、三か月間も接骨院の施術を受けなければならなかったと認めるのは困難である。

(七) まとめ

以上のとおり、被控訴人が、本件事故により頸部捻挫、右手又は左手捻挫の傷害を被り、治療費、文書料、休業損害、通院慰藉料の損害を被ったことについては、合理的な疑いを払拭できず、民事裁判の認定に必要な証明があったとはいえない。

第四本件事故による控訴人の損害額(争点2―その(二))

一  事実の認定

証拠(乙三、控訴人本人)によると、次の事実が認められる。

1  控訴人は、平成三年八月頃(本件事故よりも六年前)、控訴人車を一二万八〇〇〇円で購入した(控訴人本人調書一三項)。控訴人車は、本件事故により、前部及び左右ボディ擦過、後部かご脱落の損傷を受けた(乙三)。

2  しかし、控訴人は、本件事故後も、控訴人車の修理をせず、平成一〇年一〇月一五日(原審で控訴人本人尋問が実施された日)時点でも、控訴人車に乗車している(控訴人本人調書一五項、一六項)。

二  検討

1  原判決は、以下のとおり認定している。控訴人は、本件事故により、控訴人車の修理費用一一万五六七八円相当の損害を被った。右修理費用に対する被控訴人の過失割合一割について、被控訴人に控訴人に対する損害賠償責任がある、と。

2  しかし、控訴人は、本件事故より約六年も前に、控訴人車を一二万八〇〇〇円で購入している(前示一1)のであるから、本件事故当時の控訴人車の時価は、一〇万円をはるかに下回る価額であることが明らかである。しかも、控訴人は、本件事故後一年以上もの間、控訴人車を修理もせずに乗車している(前示一2)。

3  したがって、控訴人が本件事故により、一一万五六七八円の修理費用相当の損害を被ったとは認められない(最判昭和四九・四・一五民集二八巻三号三八五頁参照)。そして、当裁判所も、原判決と同様、本件事故についての過失割合は、控訴人が九割、被控訴人が一割と認める(前示第二)。したがって、控訴人が被控訴人に請求できる損害賠償額は、一万円をはるかに下回る金額である。

4  ところが、控訴人の反訴請求については、控訴人のみが控訴し、被控訴人は控訴も附帯控訴もしていない。したがって、前示のとおり、控訴人が本件事故により、一一万五六七八円の修理費用相当の損害を被ったとは認められないが、不利益変更禁止の原則(民訴法三〇四条)により、原判決の認定額一万一五六七円(右一一万五六七八円の一割)よりも不利益に原判決を変更することはできない。

第五結論

一  本訴請求、反訴請求について

以上によると、被控訴人の本訴請求、控訴人の反訴請求は、次の1(二)(三)、2の限度で理由があるので、これを認容し、その余は理由がないので、これを棄却すべきである。

1  本訴請求

(一) 被控訴人車の損傷による損害三一九万三〇六九円(前示第三の一2(三))、レッカー代金四万七〇〇〇円(前示第三の二)、以上合計三二四万〇〇六九円。

(二) 右三二四万〇〇六九円の九割(控訴人の過失割合)である二九一万六〇六二円の損害賠償金。

(三) 右損害賠償金に対する平成九年八月三一日(本件事故の日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金。

2  反訴請求

損害賠償金一万一五六七円、及びこれに対する右平成九年八月三一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金。

二  本件控訴について

1  本訴に対する控訴

前示一1(二)(三)と異なる原判決は失当であるので、原判決一、三項を本判決主文一1、2のとおり変更する。

2  反訴に対する控訴

前示一2と同旨の原判決は、不利益変更禁止の原則により控訴人に不利益に変更が許されず、もとより逆に控訴人に有利な変更を求める本件控訴は理由がないので、これを棄却する。

3  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉川義春 小田耕治 紙浦健二)

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